怪物紳士の歌 第十一話 11/28/2007
第十一話 少女ケーナ
一方でルイスはこれからの行動に悩んでいた。メカ・インディオのことは直接自分には関係ないが、皆の前で明日は墓参りに行くとか言っておきながら、行かないのもどうかと思う。
「さて・・・」
ビスケットを食べさっぱりしたトマトジュースを飲み、再び鳩時計に目をやる。もう一時間過ぎてしまった。
「行ってみるか。ま、ドライブがてら」
ルイスは店から少し離れた車庫に行き、自分の車を取り出した。ちんまりした深緑の自動車で、最近はあまり乗っていなかった。右手が不自由になってから、特に用事がないかぎり車なんてものは乗らない。
「ま、事故に遭わなければいいけどな」
ルイスは車の埃を払うと、颯爽と出かけていった。
***
「ルイス、大丈夫?」
それは今から一年近く前、ルイスが事故に遭ってからのことだった。労災と認定され、ルイスはこの町で一番の大型病院に入院していた。
「あ、ああ。ありがとう、よく来てくれたね」
手術が終わり、療養のためにしばらくルイスは入院していた。天井を眺める毎日、特に本などは読まない。ただ目の前にある小さいテレビにイヤホンを差し込んで聞いているだけ。特に音楽番組は嫌だった。右手を失ったのが大きなショックだったからだ。ルイスはもともと右利きで、左手だけの生活なんて思いもよらなかった。時折天井を見つめながら涙を流しては、顔を左右に揺さ振って枕で涙を拭っていた。カーテンも閉めきっている。窓からの景色に感情が複雑に乱れ、嫌な気分になる。もうすっかりルイスは自分の殻に閉じこもってしまったのだ。
「ルイス、よかったわ。手術が上手く行って。わたし、もう死んじゃうかと心配だったのよ」
「ああ・・・ありがとう」
「あ、ルイス、無理に起き上がらないで。安静にしてて」
「ご・・・ごめん」
「いいのよルイス、あなたが無事でよかったわ」
手には色とりどりのダリア。その女の子はルイスの顔を覗き込む。一方でルイスは布団から首だけを覗かせて、首から下は一切見せないようにしていた。せめて彼女が悲しまないように。
「ルイス、みんな心配してるわ。早く退院してあなたの歌声を聞かせて頂戴」
「・・・・・」
「ルイス、落ち込んじゃダメよ。あなたは世界で一番美しい声を持ってるんだから」
「よく言うよ」
「本当よ。あら、目が真っ赤になってる」
彼女は無邪気に笑った。片腕がないと、起き上がるのにもバランスがなかなか上手く行かない。流したくもない涙なのに、相手にはすぐ察せられてしまう。
「ごめん・・・」
「あなたが悪いんじゃないんだし」
「・・・・・」
ルイスは目を閉じた。涙が耳に当たった。
「リクエストは?」
「あなたが元気になってからよ」
「そう・・・」
数週間後、ようやくルイスのふさぎ込んだ状態が緩和されてきた時だった。ルイスはやっと外へ歩けるようになった。まず、行きたいところがあった。それは、お見舞いにきてくれた彼女のもと。お礼の手紙と行きたいところだが、左手では文字が書けない。そこで、ルイスの同僚にひそかに代筆してもらった。ルイスと彼女は周りから見てもお似合いのカップルで、結婚もささやかれていた。
「やあ」
彼女の職場の昼休みを狙ってルイスは顔を出した。付き添い人は断った。彼女と二人っきりの時を過ごしたかったからだ。
「ルイス」
ルイスを見なくとも声でわかった。ルイスの声だった。
「ごめん、やっと外に出ることができたよ」
彼女は遠くからルイスを見ていた。狭い裏路地、彼女は屈んでじゃがいもの皮を剥いていた。昼下がりとはいえ、レストランの仕事はまだ忙しかったのだろう。これから後片付けもあるんだろうなとルイスはすまなく思った。
「ごめんね、忙しい時に」
「ルイス・・・」
彼女はナイフを横に置き、その場に立ち上がった。ルイスは彼女に近づく。
「ルイ・・・」
彼女はルイスの両腕を掴もうとしたが、誤って左手はルイスの傷跡に触れた。
右手が、ないのだ。
あったはずの右手が、ないのだ。
ないとわかっていた右手が、本当にないのだ。
秋が近いような残暑が残る夏。薄着だったのが悪かったのか、彼女はその薄いシャツの上から、細い指の感触で、針の跡を感じ取った。
「ヒッ」
彼女は慌てて指を引っ込めた。そして、何かが吹っ切れたように泣きだした。
「お、おい・・・」
ルイスは屈んで彼女と目線を合わせたが、彼女はパッとルイスの腕を解くと、路地を駆け出していった。
ルイスはショックだった。
あまりにも簡単に腕がほどけ、突然泣きだして駆け出した彼女。理由はともあれ、あんな簡単に腕を解かれ駆け出してしまったとは・・・
ルイスもルイスで逆方向へ駆け出した。町にいる誰もが自分を不審な目で見ている。とにかく人目を避けたい。きっと、目が充血しているだろうから。人の目がすべて自分に向けられている。人が自分の情けない姿をみてきっと噂をしているに違いない。逃げろ!とにかく逃げろ!
逃げろ!!
それ以来、ルイスは彼女と連絡を取っていない。家もさほど近くはなく遠くもない距離で、彼女のレストランまで行くこともできたが、行く気がしなかった。
「ルイス、落ち込む気持ちはわかるぞ」
そこで出会ったのが、今ルイスが働いているカフェだった。工場で働いていた時から、お世話になっていた店だった。
「悪い、店長、愚痴ばかりで」
「気にするな。それがワシの仕事だ」
「はぁぁ・・・」
店も夜遅く、カウンターに向かい合わせで店長とルイス。ルイスはため息を吐いた。これからどうやって生活をしていけばいいのだろうか。
「うちの店で働くかい?」
ルイスはパッと顔を上げた。
「ウエイターぐらいなら片手でもできるだろう。あと、デザートぐらいなら」
「店長・・・」
「どうした?嫌か?」
「いえ、働きます」
ルイスは田舎から出稼ぎに社宅に入っていた。前の職場の友人に手伝ってもらいながら、ルイスはカフェの二階にある空き部屋にやってきたのだ。そして、医者からもらった技手を改良したり、板金や溶接の技術を生かしながら、新しく技手を作り替えたりした。不便なことは数えられないほどあったが、徐々に新しい仕事を覚えながら毎日を過ごしていた。
***
そして、そのちぎれた右手だけが、この山の墓地に葬られている。
そこは広々とした墓地で、自分の名前が刻まれている、白い石がある。
ルイスは伸びきった雑草をむしり、バサッと重ねていく。ここ何ヵ月か、来ることはなかった自分の墓。夏はどうしても雑草が生えるので、涼しくなったら来ようと思っていた。
「ふぅ・・・」
冷たい秋風。そよぐ草むら、澄み渡る薄い青空が、悲しい思い出を運んでくる。
ヒュー・・・
「?」
どこからか笛の音がした。見上げると、ルイスより少し高い位置から、一人の女の子がこちらを見ていた。
「誰だい、君は」
赤茶色のポンチョに、お下げ髪。その少女は横笛から小さな唇を離すと、ルイスの方をまじまじと見た。黒い瞳、浅黒い肌。恐らく、原住民の女の子。
「あたしはケーナ。人工知能を持った、アンドロイド」
「何だと」
第十二話「白い花」につづく
一方でルイスはこれからの行動に悩んでいた。メカ・インディオのことは直接自分には関係ないが、皆の前で明日は墓参りに行くとか言っておきながら、行かないのもどうかと思う。
「さて・・・」
ビスケットを食べさっぱりしたトマトジュースを飲み、再び鳩時計に目をやる。もう一時間過ぎてしまった。
「行ってみるか。ま、ドライブがてら」
ルイスは店から少し離れた車庫に行き、自分の車を取り出した。ちんまりした深緑の自動車で、最近はあまり乗っていなかった。右手が不自由になってから、特に用事がないかぎり車なんてものは乗らない。
「ま、事故に遭わなければいいけどな」
ルイスは車の埃を払うと、颯爽と出かけていった。
***
「ルイス、大丈夫?」
それは今から一年近く前、ルイスが事故に遭ってからのことだった。労災と認定され、ルイスはこの町で一番の大型病院に入院していた。
「あ、ああ。ありがとう、よく来てくれたね」
手術が終わり、療養のためにしばらくルイスは入院していた。天井を眺める毎日、特に本などは読まない。ただ目の前にある小さいテレビにイヤホンを差し込んで聞いているだけ。特に音楽番組は嫌だった。右手を失ったのが大きなショックだったからだ。ルイスはもともと右利きで、左手だけの生活なんて思いもよらなかった。時折天井を見つめながら涙を流しては、顔を左右に揺さ振って枕で涙を拭っていた。カーテンも閉めきっている。窓からの景色に感情が複雑に乱れ、嫌な気分になる。もうすっかりルイスは自分の殻に閉じこもってしまったのだ。
「ルイス、よかったわ。手術が上手く行って。わたし、もう死んじゃうかと心配だったのよ」
「ああ・・・ありがとう」
「あ、ルイス、無理に起き上がらないで。安静にしてて」
「ご・・・ごめん」
「いいのよルイス、あなたが無事でよかったわ」
手には色とりどりのダリア。その女の子はルイスの顔を覗き込む。一方でルイスは布団から首だけを覗かせて、首から下は一切見せないようにしていた。せめて彼女が悲しまないように。
「ルイス、みんな心配してるわ。早く退院してあなたの歌声を聞かせて頂戴」
「・・・・・」
「ルイス、落ち込んじゃダメよ。あなたは世界で一番美しい声を持ってるんだから」
「よく言うよ」
「本当よ。あら、目が真っ赤になってる」
彼女は無邪気に笑った。片腕がないと、起き上がるのにもバランスがなかなか上手く行かない。流したくもない涙なのに、相手にはすぐ察せられてしまう。
「ごめん・・・」
「あなたが悪いんじゃないんだし」
「・・・・・」
ルイスは目を閉じた。涙が耳に当たった。
「リクエストは?」
「あなたが元気になってからよ」
「そう・・・」
数週間後、ようやくルイスのふさぎ込んだ状態が緩和されてきた時だった。ルイスはやっと外へ歩けるようになった。まず、行きたいところがあった。それは、お見舞いにきてくれた彼女のもと。お礼の手紙と行きたいところだが、左手では文字が書けない。そこで、ルイスの同僚にひそかに代筆してもらった。ルイスと彼女は周りから見てもお似合いのカップルで、結婚もささやかれていた。
「やあ」
彼女の職場の昼休みを狙ってルイスは顔を出した。付き添い人は断った。彼女と二人っきりの時を過ごしたかったからだ。
「ルイス」
ルイスを見なくとも声でわかった。ルイスの声だった。
「ごめん、やっと外に出ることができたよ」
彼女は遠くからルイスを見ていた。狭い裏路地、彼女は屈んでじゃがいもの皮を剥いていた。昼下がりとはいえ、レストランの仕事はまだ忙しかったのだろう。これから後片付けもあるんだろうなとルイスはすまなく思った。
「ごめんね、忙しい時に」
「ルイス・・・」
彼女はナイフを横に置き、その場に立ち上がった。ルイスは彼女に近づく。
「ルイ・・・」
彼女はルイスの両腕を掴もうとしたが、誤って左手はルイスの傷跡に触れた。
右手が、ないのだ。
あったはずの右手が、ないのだ。
ないとわかっていた右手が、本当にないのだ。
秋が近いような残暑が残る夏。薄着だったのが悪かったのか、彼女はその薄いシャツの上から、細い指の感触で、針の跡を感じ取った。
「ヒッ」
彼女は慌てて指を引っ込めた。そして、何かが吹っ切れたように泣きだした。
「お、おい・・・」
ルイスは屈んで彼女と目線を合わせたが、彼女はパッとルイスの腕を解くと、路地を駆け出していった。
ルイスはショックだった。
あまりにも簡単に腕がほどけ、突然泣きだして駆け出した彼女。理由はともあれ、あんな簡単に腕を解かれ駆け出してしまったとは・・・
ルイスもルイスで逆方向へ駆け出した。町にいる誰もが自分を不審な目で見ている。とにかく人目を避けたい。きっと、目が充血しているだろうから。人の目がすべて自分に向けられている。人が自分の情けない姿をみてきっと噂をしているに違いない。逃げろ!とにかく逃げろ!
逃げろ!!
それ以来、ルイスは彼女と連絡を取っていない。家もさほど近くはなく遠くもない距離で、彼女のレストランまで行くこともできたが、行く気がしなかった。
「ルイス、落ち込む気持ちはわかるぞ」
そこで出会ったのが、今ルイスが働いているカフェだった。工場で働いていた時から、お世話になっていた店だった。
「悪い、店長、愚痴ばかりで」
「気にするな。それがワシの仕事だ」
「はぁぁ・・・」
店も夜遅く、カウンターに向かい合わせで店長とルイス。ルイスはため息を吐いた。これからどうやって生活をしていけばいいのだろうか。
「うちの店で働くかい?」
ルイスはパッと顔を上げた。
「ウエイターぐらいなら片手でもできるだろう。あと、デザートぐらいなら」
「店長・・・」
「どうした?嫌か?」
「いえ、働きます」
ルイスは田舎から出稼ぎに社宅に入っていた。前の職場の友人に手伝ってもらいながら、ルイスはカフェの二階にある空き部屋にやってきたのだ。そして、医者からもらった技手を改良したり、板金や溶接の技術を生かしながら、新しく技手を作り替えたりした。不便なことは数えられないほどあったが、徐々に新しい仕事を覚えながら毎日を過ごしていた。
***
そして、そのちぎれた右手だけが、この山の墓地に葬られている。
そこは広々とした墓地で、自分の名前が刻まれている、白い石がある。
ルイスは伸びきった雑草をむしり、バサッと重ねていく。ここ何ヵ月か、来ることはなかった自分の墓。夏はどうしても雑草が生えるので、涼しくなったら来ようと思っていた。
「ふぅ・・・」
冷たい秋風。そよぐ草むら、澄み渡る薄い青空が、悲しい思い出を運んでくる。
ヒュー・・・
「?」
どこからか笛の音がした。見上げると、ルイスより少し高い位置から、一人の女の子がこちらを見ていた。
「誰だい、君は」
赤茶色のポンチョに、お下げ髪。その少女は横笛から小さな唇を離すと、ルイスの方をまじまじと見た。黒い瞳、浅黒い肌。恐らく、原住民の女の子。
「あたしはケーナ。人工知能を持った、アンドロイド」
「何だと」
第十二話「白い花」につづく
攻殻機動隊?知らないなぁ。
ところで、サイボーグとアンドロイドってどう違うのかしら(エーッ)
それにしてもルイちゃん、彼女と再会するんですが・・・
そこをアイちゃんがまたレダちゃんがまた・・・
さて、どうなることやら。
ところで、サイボーグとアンドロイドってどう違うのかしら(エーッ)
それにしてもルイちゃん、彼女と再会するんですが・・・
そこをアイちゃんがまたレダちゃんがまた・・・
さて、どうなることやら。
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あれですか、
電脳ってやつですか?
攻殻機動隊ってやつですか??←いや知らないからきっと(汗
それにしてもルイス……
行ってみな、その彼女のいる場所に。
きっと彼女も心に仕えを持っているって。