怪物紳士の歌 最終話 01/22/2008
最終話 その後、カフェにて
「カレン」
車は商店街の適当な駐車場に止めた。灰色の裏路地で、参勤交代制の作業員たちで賑わう声が響く。
カレンはじっと下を向いたまま、野菜か何かを切っていた。
「カレン、悪かったよ、何も知らなかったから」
カレンはまだちらほらと顔に赤いウロコを付けたまま、沈んだ表情をしていた。
「だいぶ落ち着いたかい?」
「・・・・・」
カレンは黙ったままで、ルイスは立ちっぱなしで次の言葉が出てこなかった。
「カレン、その・・・」
「ルイス」
カレンは突然ルイスの方を見た。
「メカ・インディオは本当に死んだの?」
「多分な」
「私、もう普通には戻れないの?」
「まだ変なのか?」
「うん」
「・・・・・」
呪いだからな、と、言うわけにはいかない。カレンが余計に沈んでしまう。
「大丈夫か」
ルイスは隣に座る。
バキッ
座っていたベンチがきしむ音。
「あはは」
「あらら」
「太ったの?」
「痩せたよ」
「嘘でしょ」
「本当さ。食事が喉を通らない」
「キムチでも食べたら?」
「やだよ、辛いの嫌」
「相変わらず好き嫌い激しいんだから」
「悪かったな」
「ところで何よ、こんなところに現われて」
「ただ様子が気になっただけさ」
「・・・そう」
「心配した」
「別にしなくても・・・」
カレンは口籠もった。
「ごめんなさい、ありがとう」
「カ、カレン、突然悪いんだけど、まだ僕のこと、前と同じように・・・思ってる?」
「・・・・・」
「僕は・・・その、やり直せたらいいなと思ってる」
カレンはパッと顔を上げた。その瞬間だけ、カレンの顔にはウロコがなかった。
「ルイス・・・」
カレンは両手を顔に当てて泣きだした。とたんに、再度手にはウロコが・・・
「カレン」
ヒヤリと冷たいものが、カレンの手に触れた。
「顔を見せて」
それはルイスの義手だった。ルイスは両手でカレンの顔に触れ、正面からじっと見た。
「可愛そうに」
ルイスは静かに両手を自分の左肩の方へ持っていき、目を閉じた。カレンの背中に、暖かい左手の感触と、冷たい義手の感触が広がる。
「また来るよ、カレン」
「ええ。また・・・」
***
ルイスがカフェに帰って来たのは、もう日が沈み、一番星が見えるくらいだった。
「?」
なんだか、にぎやかな音が聞こえるぞ・・・誰か楽器でも演奏しているのかな?
その通りだった。
「わっ!」
カフェを覗くと、たくさんの人だかり。ルイスは車庫に車を入れ、店の裏から中に入る。
「一体なんなんだ!?」
ルイスは服も着替えずに厨房につながるドアから入ったもんだから、店長にコツンと頭を叩かれた。でもそんなことよりも気になるのはステージだ。
「!?」
ちょうど歌が終わったらしく、大拍手。観客の視線の先には、なんと赤いゴージャスな服を着た女性。長くてパーマのかかった黒髪をなびかせながら、カスタネットを持った白い手を真っすぐに天井へ伸ばす。
「うわ・・・」
その綺麗なダンスに見とれている場合ではない。よくよく見るとその後ろでピーターとマルコがギターにパーカッション。店内はほぼ満席。
「おや、君」
振り向くと店長がいる目の前のカウンターに新聞記者ペッパーが座っていた。片手には本日の夕刊、カウンターには水とメモ帳。新聞記事でも考えているんだろうか。
「君のことを記事にしたいと思うんだがね」
「い、いいですよ、僕・・・」
「せっかくだから応じてやれよ。はるばる遠くから来てるんだから」
と、店長。
「いや、それが例の件は真実性に欠けるからな。もっとましな記事が書きたいよ」
確かに、メカ・インディオなんて誰が信じるもんだろう。
「君、幾つ?」
「は、はぁ、この世に生まれて27年です」
と、ぎこちないインタビューが始まる。きっとテドロはもう家に帰っているだろう。それにしてもあのピーターというやつ、本当に有名人なんだな・・・と、思いながら、ルイスはペッパーの向かいに座り、次の歌が始まる。そうこうしているうちに、お開きの時間がやってきた。
「ひー、手が痛い」
「ハハハ、悪いなマルコ。でもリズム感はバッチリだ。君と演奏できて嬉しいよ」
「いえこちらこそ。あなたと演奏できてよかったです。ピーターさん。どうぞ、お元気で」
「ああ」
マルコはボディガードに連れられながら店を後にした。
「あらぁ、ルイス君!」
ステージで踊っていた人物、レダが近寄る。
「素敵なカフェね。また来たいくらい。でも仕事柄、あまり長居はできないのよね」
派手な衣装の割に、踊りが終わった後の少し沈んだ顔。
「いくぞ、レダ。ルイス君、取材に応じてくれてありがとう。また謝礼は郵送する」
「兄貴!ちょっと待ってよ!」
ペッパーはスタスタと店を出ていったが、レダは玄関で振り返った。
「元気でね!チャオ!!」
と、ウインクした。
「ハッハッハ、まさかあんたがピーター・ベンジャミンだったとはなぁ」
と、のんきな店長。見ると店の壁にはピーターのサイン色紙まで飾ってある。
「お世話になりました、店長」
「いえいえ、なんのなんの」
ピーターはルイスの方を見た。
「悪かったな。彼女とはうまく行ったか?」
「ええ・・・まぁ・・・」
「すまないな。よく考えてみれば俺も彼女と別れたってのに」
アイのことである。
「気にしてませんよ」
「・・・そうか」
「アイさん、どんな顔だったんです?」
「見たいか?」
「ええ」
「ちょっと待ってろ」
ピーターは自分の部屋から何かを持ってきた。
「ほら」
それは一枚の古いレコードだった。表には二人の写真がある。
「・・・・・」
顔だけを見れば、確かに別人のようである。少し肌か浅黒く、髪の毛も金髪ではなくて茶色である。若干目が細く、口が大きいのだろう。服装は赤い質素なドレスで、きっとテンポのいい曲で、弾みながら歌っているのだろうか、愛くるしい笑顔に、後ろで楽しそうにピアノを弾くピーター。
「聞いてみるか?」
店長に言われ、店の機械を借りて再生してみる。
「いい曲だな」
と、店長。
「ええ。私の若い頃の歌ですが」
弾む感じの楽しそうな曲。恋人とドライブに行くにはいい曲である。歌詞の内容は、恋人たちの愛を祈っているような歌である。
「懐かしい曲ね」
入り口から声がした。今流れている曲と、確かに同じ声。
「アイ・・・」
「俺になんの用だ」
「あなたに用なんてないわよ。ルイス君にお礼を言いにきただけよ。遅くなってごめんなさい。迷惑かけたわ。よろしければ皆さんで召し上がって頂戴」
と、アイは菓子箱を近くのテーブルに置き、向きを変えて立ち去ろうとした。
「待てよ、アイ」
アイは振り返る。ルイスは、ピーターは次に何を言うのか気になった。
「夜は危険すぎる」
「・・・・・」
「そ・・・そ、そうですとも!」
と、ルイス。
「ハッハッハ、まぁお嬢さん、そこに座りなさい」
と、続けて店長。
「えっ・・・あっ・・・」
「帰り支度をしてくる」
ピーターは部屋へ帰った。ルイスは半ば強引にアイをカウンターに座らせ、店長は慣れた手つきでカクテルを作る。
「綺麗な色・・・」
小さな逆三角形のグラスに済んだ水色のカクテル。アイは一口飲み、目を閉じ味を噛み締める。目から涙が溢れる。
「ありがとう、ルイス」
ピーターが降りてきた。
「そのレコード、お前にやるよ!」
と、やけっぱちのピーター。
「あっ、だったらサインしてください、お二人とも・・・」
と、レコードの箱を渡すルイス。アイとピーターは笑いながらサインペンでサインを書く。
「世話になったな、ルイス」
「また来てください。いつでも」
「アディオス!(さよなら!)」
「アディオス!」
ピーターとアイは、星空の町を歩いていった。
***
翌日の新聞にはゴーストタウン炎上のニュースが大きく取り上げられ、焼け跡から発見された少女の遺体の身元の判明を急いでいるらしい。また、マルコに容疑がかかっていた殺人事件はそのニュース記事の隅っこに小さく「犯人はメカ・インディオ?」たる記事が載っていた。一応、アイが撮った写真付きで。
***
あれからルイスもカレンもそのまま仕事を続け、頃合いを見て結婚したらしい。今では夫婦仲良くカフェを経営しており、時折マルコも楽器を演奏しにやってくる。また、テドロも学校を卒業し、この町を離れたくないのかコンビナートのどこかで働いている。ルイスとカレンの間に子供が何人か生まれ、にぎやかに、しかしうるさい日常を送っている。
また、ピーターやカレンにかかっていた呪いは、時経つうちに徐々に退いていったらしい。だが、何故メカ・インディオが誕生したのかは、未だ不明である。
ピーターとアイのその後に関しては、想像にお任せする。
そろそろ、お別れの時間である。
終わり
「カレン」
車は商店街の適当な駐車場に止めた。灰色の裏路地で、参勤交代制の作業員たちで賑わう声が響く。
カレンはじっと下を向いたまま、野菜か何かを切っていた。
「カレン、悪かったよ、何も知らなかったから」
カレンはまだちらほらと顔に赤いウロコを付けたまま、沈んだ表情をしていた。
「だいぶ落ち着いたかい?」
「・・・・・」
カレンは黙ったままで、ルイスは立ちっぱなしで次の言葉が出てこなかった。
「カレン、その・・・」
「ルイス」
カレンは突然ルイスの方を見た。
「メカ・インディオは本当に死んだの?」
「多分な」
「私、もう普通には戻れないの?」
「まだ変なのか?」
「うん」
「・・・・・」
呪いだからな、と、言うわけにはいかない。カレンが余計に沈んでしまう。
「大丈夫か」
ルイスは隣に座る。
バキッ
座っていたベンチがきしむ音。
「あはは」
「あらら」
「太ったの?」
「痩せたよ」
「嘘でしょ」
「本当さ。食事が喉を通らない」
「キムチでも食べたら?」
「やだよ、辛いの嫌」
「相変わらず好き嫌い激しいんだから」
「悪かったな」
「ところで何よ、こんなところに現われて」
「ただ様子が気になっただけさ」
「・・・そう」
「心配した」
「別にしなくても・・・」
カレンは口籠もった。
「ごめんなさい、ありがとう」
「カ、カレン、突然悪いんだけど、まだ僕のこと、前と同じように・・・思ってる?」
「・・・・・」
「僕は・・・その、やり直せたらいいなと思ってる」
カレンはパッと顔を上げた。その瞬間だけ、カレンの顔にはウロコがなかった。
「ルイス・・・」
カレンは両手を顔に当てて泣きだした。とたんに、再度手にはウロコが・・・
「カレン」
ヒヤリと冷たいものが、カレンの手に触れた。
「顔を見せて」
それはルイスの義手だった。ルイスは両手でカレンの顔に触れ、正面からじっと見た。
「可愛そうに」
ルイスは静かに両手を自分の左肩の方へ持っていき、目を閉じた。カレンの背中に、暖かい左手の感触と、冷たい義手の感触が広がる。
「また来るよ、カレン」
「ええ。また・・・」
***
ルイスがカフェに帰って来たのは、もう日が沈み、一番星が見えるくらいだった。
「?」
なんだか、にぎやかな音が聞こえるぞ・・・誰か楽器でも演奏しているのかな?
その通りだった。
「わっ!」
カフェを覗くと、たくさんの人だかり。ルイスは車庫に車を入れ、店の裏から中に入る。
「一体なんなんだ!?」
ルイスは服も着替えずに厨房につながるドアから入ったもんだから、店長にコツンと頭を叩かれた。でもそんなことよりも気になるのはステージだ。
「!?」
ちょうど歌が終わったらしく、大拍手。観客の視線の先には、なんと赤いゴージャスな服を着た女性。長くてパーマのかかった黒髪をなびかせながら、カスタネットを持った白い手を真っすぐに天井へ伸ばす。
「うわ・・・」
その綺麗なダンスに見とれている場合ではない。よくよく見るとその後ろでピーターとマルコがギターにパーカッション。店内はほぼ満席。
「おや、君」
振り向くと店長がいる目の前のカウンターに新聞記者ペッパーが座っていた。片手には本日の夕刊、カウンターには水とメモ帳。新聞記事でも考えているんだろうか。
「君のことを記事にしたいと思うんだがね」
「い、いいですよ、僕・・・」
「せっかくだから応じてやれよ。はるばる遠くから来てるんだから」
と、店長。
「いや、それが例の件は真実性に欠けるからな。もっとましな記事が書きたいよ」
確かに、メカ・インディオなんて誰が信じるもんだろう。
「君、幾つ?」
「は、はぁ、この世に生まれて27年です」
と、ぎこちないインタビューが始まる。きっとテドロはもう家に帰っているだろう。それにしてもあのピーターというやつ、本当に有名人なんだな・・・と、思いながら、ルイスはペッパーの向かいに座り、次の歌が始まる。そうこうしているうちに、お開きの時間がやってきた。
「ひー、手が痛い」
「ハハハ、悪いなマルコ。でもリズム感はバッチリだ。君と演奏できて嬉しいよ」
「いえこちらこそ。あなたと演奏できてよかったです。ピーターさん。どうぞ、お元気で」
「ああ」
マルコはボディガードに連れられながら店を後にした。
「あらぁ、ルイス君!」
ステージで踊っていた人物、レダが近寄る。
「素敵なカフェね。また来たいくらい。でも仕事柄、あまり長居はできないのよね」
派手な衣装の割に、踊りが終わった後の少し沈んだ顔。
「いくぞ、レダ。ルイス君、取材に応じてくれてありがとう。また謝礼は郵送する」
「兄貴!ちょっと待ってよ!」
ペッパーはスタスタと店を出ていったが、レダは玄関で振り返った。
「元気でね!チャオ!!」
と、ウインクした。
「ハッハッハ、まさかあんたがピーター・ベンジャミンだったとはなぁ」
と、のんきな店長。見ると店の壁にはピーターのサイン色紙まで飾ってある。
「お世話になりました、店長」
「いえいえ、なんのなんの」
ピーターはルイスの方を見た。
「悪かったな。彼女とはうまく行ったか?」
「ええ・・・まぁ・・・」
「すまないな。よく考えてみれば俺も彼女と別れたってのに」
アイのことである。
「気にしてませんよ」
「・・・そうか」
「アイさん、どんな顔だったんです?」
「見たいか?」
「ええ」
「ちょっと待ってろ」
ピーターは自分の部屋から何かを持ってきた。
「ほら」
それは一枚の古いレコードだった。表には二人の写真がある。
「・・・・・」
顔だけを見れば、確かに別人のようである。少し肌か浅黒く、髪の毛も金髪ではなくて茶色である。若干目が細く、口が大きいのだろう。服装は赤い質素なドレスで、きっとテンポのいい曲で、弾みながら歌っているのだろうか、愛くるしい笑顔に、後ろで楽しそうにピアノを弾くピーター。
「聞いてみるか?」
店長に言われ、店の機械を借りて再生してみる。
「いい曲だな」
と、店長。
「ええ。私の若い頃の歌ですが」
弾む感じの楽しそうな曲。恋人とドライブに行くにはいい曲である。歌詞の内容は、恋人たちの愛を祈っているような歌である。
「懐かしい曲ね」
入り口から声がした。今流れている曲と、確かに同じ声。
「アイ・・・」
「俺になんの用だ」
「あなたに用なんてないわよ。ルイス君にお礼を言いにきただけよ。遅くなってごめんなさい。迷惑かけたわ。よろしければ皆さんで召し上がって頂戴」
と、アイは菓子箱を近くのテーブルに置き、向きを変えて立ち去ろうとした。
「待てよ、アイ」
アイは振り返る。ルイスは、ピーターは次に何を言うのか気になった。
「夜は危険すぎる」
「・・・・・」
「そ・・・そ、そうですとも!」
と、ルイス。
「ハッハッハ、まぁお嬢さん、そこに座りなさい」
と、続けて店長。
「えっ・・・あっ・・・」
「帰り支度をしてくる」
ピーターは部屋へ帰った。ルイスは半ば強引にアイをカウンターに座らせ、店長は慣れた手つきでカクテルを作る。
「綺麗な色・・・」
小さな逆三角形のグラスに済んだ水色のカクテル。アイは一口飲み、目を閉じ味を噛み締める。目から涙が溢れる。
「ありがとう、ルイス」
ピーターが降りてきた。
「そのレコード、お前にやるよ!」
と、やけっぱちのピーター。
「あっ、だったらサインしてください、お二人とも・・・」
と、レコードの箱を渡すルイス。アイとピーターは笑いながらサインペンでサインを書く。
「世話になったな、ルイス」
「また来てください。いつでも」
「アディオス!(さよなら!)」
「アディオス!」
ピーターとアイは、星空の町を歩いていった。
***
翌日の新聞にはゴーストタウン炎上のニュースが大きく取り上げられ、焼け跡から発見された少女の遺体の身元の判明を急いでいるらしい。また、マルコに容疑がかかっていた殺人事件はそのニュース記事の隅っこに小さく「犯人はメカ・インディオ?」たる記事が載っていた。一応、アイが撮った写真付きで。
***
あれからルイスもカレンもそのまま仕事を続け、頃合いを見て結婚したらしい。今では夫婦仲良くカフェを経営しており、時折マルコも楽器を演奏しにやってくる。また、テドロも学校を卒業し、この町を離れたくないのかコンビナートのどこかで働いている。ルイスとカレンの間に子供が何人か生まれ、にぎやかに、しかしうるさい日常を送っている。
また、ピーターやカレンにかかっていた呪いは、時経つうちに徐々に退いていったらしい。だが、何故メカ・インディオが誕生したのかは、未だ不明である。
ピーターとアイのその後に関しては、想像にお任せする。
そろそろ、お別れの時間である。
終わり
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